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2020.7
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| ■2020.7.21 最後に日記を書いたのは3月25日。 この間、いろんなことがありすぎて、日記を書こう書こうと思いながら、 世の中があまりにも異常すぎて、妙にふわふわして書けなかった。 ということで、お得意の振り返り日記です(笑)。 4月のあたまに、次女が「だるい、微熱がある」と言い出して、職場に連絡したところ 「娘さんが陰性だとわかるまで会社にくるな」と言われ、電話であちこちに問い合わせようとしたけど、 一向につながらず。この時は検査なんかよっぽど具合悪くないとしてくれない時期だったので、 仮に電話がつながったところで、自宅待機以外何もできなかったんだけどね。 で、次女は急性膀胱炎とコロナストレスからくる微熱とだるさだったらしく、 泌尿器科に行ったら、症状が改善。 治ってから2週間経って、やっと仕事に行けると思ったら、会社がコロナで大打撃をくらって 売り上げがほとんどないから、そのまま休んでくれと言われた。 車のローンもあるし、コロナに影響の少ない仕事に転職したほうがいいのかと思い 毎日毎日求人サイトとにらめっこ。 で、5月のあたまに母親から「腰が痛くてどうしようもない」と連絡が入り 慌てて実家に行って、かかりつけの整形外科に連れていくと、どうやら2度目の背骨の圧迫骨折らしく 「安静にして、痛み止めの薬を飲んで様子見て」と言われる。 ケアマネさんに相談して、介護用ベッドをレンタルして、ヘルパーさんをお願いすることした。 痛み止めも効いてたので「もう大丈夫だから、帰っていい」と言われ、自宅に帰ってきたが、 翌朝「やっぱり痛い」と呼び出し。薬を飲んで、落ち着いたので家事を済ませて帰宅。 そして再び翌朝「我慢できない」と連絡がはいり、救急指定病院に連れて行った。 圧迫骨折の具合がひどく、とりあえず入院させましょう、ということでベッドの空きがある病院を 紹介してもらい、妹が付き添いで救急車で搬送。 その間私は実家に戻り、入院準備をして入院先の病院へかけつけたが、 コロナの関係で面会禁止。認知症の母と、ここからは携帯電話だけで連絡を取り合わなくては いけないことに(これがもう、伝わらなくて大変・笑)。 我が家と実家は往復100km超。 毎日車で往復して、コロナストレスもあって心身ともにへとへとに。 実家が空き家になってしまうため、「封水」といって、下水のにおいが上がってこないよう、 虫がわかないように、定期的に水を流しラップで排水口をふさぐ作業をしなくてはならないのと、 洗濯物の受け渡しやら、母親からは「雑誌持ってきて~」「チョコ食べたい~」 「お茶持ってきて」「羊羹食べたい」などなどのリクエストに応えるべく、 母には会えないけど、せっせと実家と病院へ通う。 病院ではリハビリも時間もあるけど、ほとんどが寝たきりの時間なので、 入院中、認知症がどっと進行してしまったようだ。 ところで、毎年ゴールデンウィークは、母の日がらみで、みんなで集まって 祖母のお墓掃除&お参りに行くのが定例だった。 が、母は入院してしまったし、そう言えば「暖かくなったらお父さんのお墓参り、みんなで行こう」と 言ってたのに、そのまま5月になってしまいっていたので、私が車で祖母と父のお墓参りを 代表でしてくることにした。 祖母がまだ健在で、私が小さい頃から、お墓参りには断続的に祖母と母と一緒に行っており、 掃除してお参りした後は、近くの広場でお弁当を食べて、ひとしきり遊んで帰ってくるのが常だった。 時には、母の兄弟も集まって、いとこ同士で遊んだり、 私がOLの頃は、大人のみでささっと済ませてさっさと帰ってきたり(笑)、 祖母が亡くなってからは、母と私ら三姉妹とそれぞれの子供たちで集まって総勢10人集結した時もあったり、、、 そんなこんなで50年近くずっと母と行ってたお墓に、たった一人で行くのは初めてのことで 一人で汗だくになって掃除して、一人で広場でお弁当を広げて食べて、 いろんなことを思い出しました。 ![]() この日は、このあとさらに車を走らせて父のお墓参り。お墓参りのはしごも初(笑)。 この日の走行距離は150kmでした。 さて、緊急事態宣言中、長女と殿様は在宅ワークとなり、 次女は普通に通勤の中、たまに在宅ワークという形。 そして、長女夫婦の新居になるアパートへの引っ越しを徐々に進めることになった。 ㋁末から契約していたのと、長女のダンナさまは5月で社宅を引き払わないといけないとのことで 私の愛車、こぶりのC-HRで(笑)、何度も何度もアパートに運ぶ。 全て片付いていれば、会社のハイエースを借りて一度で行けたけど、 片付けながらの引っ越し作業だったので、これ以外は方法がなかった(笑)。 なんとか5月中に引っ越しが完了。 コロナ前までは、お互いに忙しくてあまり時間を共有できなかったけど 在宅ワークが始まってからは、結構一緒にいる時間が多く、 引っ越す前に色々話せてよかったな。 長女が引っ越した日の夜は、いつもいて当たり前だった長女の部屋の主がいなくなって とても寂しく感じた。 後日、「引っ越しのお礼にランチを奢ってあげる」とうれしい誘いをうけて行ったら 婚姻届けを出すための戸籍謄本(我が家は実家になっているので気軽に取りに行けない) を取りにいかないといけない、と言われ、殿様の実家のほうまで1時間車を走らせることになり メインのランチにありついたのは15時(笑)。 そんなこんなで6月20日にやっと婚姻届けを提出。 2月に結納をしてからやっとここまできた~って感じ(笑)。 2013年1月から、まる7年以上、がむしゃらに働いてきて、ずっと家の中を見て見ぬふりしてたけど 1日中家にいるとなると、さすがに目をつぶることができなくなって(つぶっちゃまずいだろ笑) まず、長女の部屋の破れたレースのカーテンを交換。 サッシの網戸も破れてたので、和室の網戸と一緒に2枚張り替え。 連鎖反応で、やぶれかかってる襖3枚張り替え、庭の雑草むしり、、、等 大きく気になってた部分を片付けると、今度はずっとやりたかった洋裁、お菓子作り、パン作り、 趣味に没頭。家に人がいるからドラムの練習はあまり没頭できなかったけど。 ↓これは食パンの形をした、チーズフランスパン。 周りがバリバリで、中がしっとりもちもち。バターも油も一切使わないのでいくらで食べれます (って、いくらでも食べちゃだめやろ~笑) ![]() ↓で、これはチョコマフィンとコーヒークッキー。 このほかにもラングドシャクッキーも焼きました。 ![]() ↓これは今年のはじめに「マスクがない」と言ってたら、「送ってあげるよ!」と アメリカの友人が送ってくれたので、お礼に作ったTシャツ。 この時のマスクは本当に助かった(*^▽^*) ![]() ↓で、こちらは衣装用にと思って作った半袖短パンのつなぎ。 ![]() つなぎって、男性用は丈が長すぎるし、女性用は妙にデザインが凝ってて細すぎるので 気に入るものになかなか出会えなかったんだよね。 でも、ネットでいい感じの型紙を入手したので、これを少し改造して、自分のサイズにして作ってみました。 つなぎは自分用に3着、プレゼントに1着作りました。 あとは自分の普段着の半袖のウエスタンシャツ。これはいろんな柄で全部で10枚くらい作ったなぁ。 ![]() あとは、Keigoの衣装も作ったし、とにかく狂ったように洋裁してた。 てか、プリント作業も同時にやるから、パソコンでデザインして、カッティングシートを切り抜いて、 生地を裁断して、アイロン圧着しながら、縫うから、めちゃくちゃ時間がかかる(笑)。 そして、緊急事態宣言が解除されて、殿様も次女も普通に通勤するようになって、 家に一人になってからは、運動不足にならないように任天堂スイッチのリングフィットアドベンチャーで毎日運動して 完クリしたにも関わらず、体重はやり始めた時よりも2kg増(笑)。 今年に入ってすでに1kg増えてるから、合計3kg増。重たいぞう・・・(笑)。 で、ままごん(母)は、入院先の病院に話が伝わらなくて、ものすごい大変だった。 病院のソーシャルワーカーさんには、当時在宅のケアマネさんから入院翌日にままごんに関する書類を 送付してあって、そこにはままごんの認知の特徴が記してあって、病院からリハビリ施設に移る時の 段取りをする予定だった。 なのに、ソーシャルワーカーさんが書類を見たのは退院が決まった時。(怒) そしてその時に初めてままごんに会って、施設の話をいきなり本人にしたら、 ままごんは初めて会った知らない人から、リハビリ施設のことを聞いて 動揺して困惑して大騒ぎしてしまったらしい。 するとプロであろうはずのソーシャルワーカーは、「あんなに拒否されて、僕は傷つきました。めげました。 施設への転院は諦めて、在宅介護に切り替えてください」と、放り出そうとしたんだよ。(怒) その他、病院側にも「退院が決まったら、どうするか話し合うので本人に伝える前に家族に言ってくれ」と 3度も伝えたのに、ままごんに「退院だよ。家に帰れるよ」と勝手に伝えてしまって、 一人暮らしはもう不可能なままごんをなだめるのに大変だった。 担当医に「家族に先に言ってくれと、あれだけ言ったのに、どうして認知症の母に勝手に 伝えてしまったのですか?」と言っても「僕はそんなこと言った記憶はない。本人が勘違いしたのではないか?」と ままごんのせいにし始めて、、、開いた口がふさがらないほどあきれたよ。 認知症だからわかんないだろう、っていうおざなりな感じ。 本当にひどい対応だったな。。。 結局、最長3カ月居ることができるリハビリ施設に転院。 今はここでリハビリしながら、施設を探している最中。 私の仕事は、やっと7月から始まったけど、残業なし、ミシンなし、土曜日なし、で いつものようには稼げない。 でも、家にいて「働いてない、どうしよう」と、妙に焦るよりも全然いい。 ただ、夏が勝負の仕事なので、秋冬にどうなるのか、、、仕事がなくなった場合は 転職も余儀なくされるのかも。 コロナは完全に第2波、毎日感染者数がどんどん増えててこわい。 おまけ 性別を替えるアプリで遊んでみた。 女性化してメイクをしたら、誰だか知らない人になった(笑) でも胸元の手ぬぐいと眼鏡はそのままだ(笑)。 ![]() |