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2019.10

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■2019.10.7 mon



全くいつまで暑いんだか。。。

「あ、やっと秋が」と涼しい日が訪れたと思っても、翌日はあっさり30度超えだったり。

Facebookで毎日過去の同じ日の投稿を見れるのだけど、
普段なら今の時期は庭の垣根のきんもくせいが満開のはず。なのに、今年はまだつぼみすらつかない。
こんな調子なので、めずらしく風邪をひいてしまった。2年ぶりかな。(笑)


さて、先日、ある音楽番組を観ていて感じた事を。

私は、どちらかというと若いころ洋楽ばかり聴いてました。
洋楽を聴くきっかけになったのは、私が小学校6年生の時
同じマンションの同じフロアに住んでた2歳年上のKコちゃんから
借りた、イーグルスのホテルカリフォルニアのアルバム。

あまりにもかっこよくて、歌が好きだった私はなんとしても歌いたくて
耳で聴いて、カタカナで歌詞を書きだして歌ってたくらい。

私はどちらかというと、曲を聴くときは歌詞の内容よりも、
曲のかっこよさを追及するタイプだったようで
ここから一気に
「何を歌っているのかわからない」洋楽を追いかけ始めました。
当時、日本のテレビやラジオで聴く曲とは全く違うコード進行や、リズム、
メロディに軽やかにのる英語の歌詞、エレキギターやドラム、、、
1970年代には日本にもかっこいいロックバンドがいたんだけど、
欧米人のビジュアルへの憧れも相まって(笑)、洋楽まっしぐら。

そうは言っても、今とは違って音楽の最新情報は雑誌やラジオが主。
(テレビで洋楽をとりあげてくれる番組はほとんどなかなった)
雑誌を買うお金もないので、FMラジオをエアチェックし、聴きまくる日々でした。
高校に入ってから、HR/HMにはまり、ジャパメタにもはまりまくったけど
やっぱり洋楽まっしぐらでした。


時は流れ、以前次女から「どうしてママは洋楽ばかり聴いてたの?」と聴かれて
(ちなみに次女は洋楽は一切聴かない)

「ママが小中学生の頃が、今みたいにかっこいい邦ロックって少なかったんだよ。
日本語の歌詞も、全てが子音と母音の組み合わせでできてるから、
一文字一文字が音符一つ一つにあてがわれてて、あまりリズミカルじゃなかったしね。
それにママは歌詞の内容よりも、曲のカッコよさや切なさみたいなものを重視するから
歌詞はリズミカルな英語の方が好きだったんだよね。
でも、ある時から日本にも、日本語の歌詞を英語風に発音したり、韻を踏んだり、
すごくリズミカルにカッコよく歌い上げるバンドやシンガーが出てきて、
今じゃ、洋ロックも邦ロックも境目がなくなってきてるんだと思う。
そうだなぁ〜、ミスチルとか、ドリカムとか現れた時は
”え!?こんなところで歌詞区切るの?” ”英語と日本語並べて韻踏むの?!!”
ってめっちゃびっくりしたもんだよ」


と、次女相手に熱く語ったことがありました。(笑)

で、先日見た音楽番組内で、私が言ってたことと全く同じことを
ゲストが語っていて、
「ね?!ママが言ってたとおりでしょー?!」
鼻息荒くなってしまいました(笑)。

自分なりの分析が当たってたのが嬉しかったなぁ。







これは先日のバンド練習の時の写真。

一番ドラム漬けだったのが、ちょっと叩けるようになってマダムメ結成した2004年から
C.O.D.結成した2005年、そのあと2012年くらいまでは、毎週ドラムスクールでレッスン受けた後
3時間個練スタジオで練習していて、その他の日もスタジオ入りして
ひたすら叩きまくってました。

毎年、春頃にマダムメの課題曲が6曲くらい出揃って、8月第一週のスタジオ日目指して
ひたすら練習し、フツカメバンドがある時は、さらに6曲くらいの課題曲を練習、
C.O.D.は年間多い時で4本くらいライブやってたので、これも練習し
そしてネットセッションユニットK-Tyではドラムの他に鍵盤も歌もやってたので
スタジオ入って練習、録音、そして動画制作のための撮影までやって、
そのほかにも、捨て石コリンズバンドや、バックチェリーのコピバン、
レッチリのコピバン、ライブセッション、教室の発表会があれば課題曲を、
とにかく、練習練習練習の鬼でした。
たまにイラストの仕事が入ったけど、基本は専業主婦だったのでできたこと。


今はご存じのとおりフルタイム勤務で、一週間のうち日曜日しか空いてません。
その日曜日に普段できない予定が入るから、叩きたくても叩けないのです。

SNSではあまり暗いことを書きたくないから、楽しいことを書くようにしてますが
この年なればそれぞれにいろんなものを抱えていて、
やりたいことがあっても、なかなかできない事情ってありますよね。

表面だけ見て「なぜドラムを叩かない?」と言われると
「大好きなんだから叩けるものなら叩いてるよ」と心で思いながらがっくりきます。





■2019.10.14 mon


怒涛の一週間だった。。。精神的にぐったりだ。

まだ、台風15号の傷も癒えてないところに
「超大型の台風が週末三連休に再び千葉を直撃する可能性が高くなった」と
ニュースで騒ぎ出してげんなり。。。
前回の台風で雨どいがぶっ壊れて、外れそうになってたので、12日のライブが終わったら
直さなきゃなぁー、、、なんてのんきに考えていたのに。
とにかく修理に突然期限がついてしまった。
しかも、ニュースでは「史上最強」「スーパー台風」と、過去最悪の被害になるかも
知れないとの情報が毎日流れて、「これは早めに対処しなくては」と
4日前の仕事帰りに水を買いにドラッグストアに行ったのだが、すべて売り切れ。
「たまたまかな」と思い、翌日違う店2軒回ったけど、すべて売り切れ。
「これはヤバイ」と思って、とりあえずガソリンを満タンに。
そして、家の補強や片付け、雨どいの修理、台風の備えを、毎朝早朝にこなす。
(帰ってきたら真っ暗なので、やるのは朝しかない)
そして、パンを買いに行くもこれも全くない。電池もスカスカ。

嫌な光景を思い出した。

それは3.11の直後。
計画停電もあって、スーパーやコンビニから食料品や飲料水、お茶、電池、
その他非常時に使うものがすべて消えたんだよね。
停電の合間をぬってスーパーが限られた時間だけお店を開け、
そこに大勢の人が押しかけて、節電対策で薄暗い照明、BGMも全くない店内で
黙々と商品を買い物かごに入れているあの異様な光景。。。

あの時の
「非日常感」っぷりは半端なかった。

停電になる時のあの
社会から突き放されるような感覚
二度と経験したくない。

敵は、今まで出会ったことない、対処法も全く分からない「放射能」。
次女が中学卒業の高校入学で、長女が高校卒業の大学入学、二人とも新生活になる
タイミングで色々と準備が必要な時期だったから、
余計に非日常感を感じたんだろうな。。。



話を元に戻して、、、

そして、台風のほかにもう一つ心配事が。。。
それは13日(日)に予定していたC.O.D.のライブ。

金曜日にライブハウス側から「中止か決行か、当日の朝の様子を見て判断します」と
連絡が入り、事前の予想では千葉の被害が大きいだろうと言われていたので
心の中では「トリフェスは中止かな」と、なんとなく思っていた。


そして、ふたを開けてみたら台風は上陸前に少し勢力を落とし、60m/sと言われていた
最大瞬間風速よりぐっとおちて40m/s程度に。
そして雨雲は神奈川県から東京の西、埼玉、栃木、長野、、、を移動して
たくさんの河川が氾濫。多くの住宅を飲み込んでまるで別世界のようになってしまった。

15号の暴風で別世界となった千葉もそうだったけど、
つい、昨日まで普通に暮らしていた家や町が泥水でぐちゃぐちゃに浸っている光景は
本当に胸が痛む。

1974年の多摩川水害で家屋が崩壊流出した実際にあった出来事を背景に
バラバラだった家族がどうなっていくのかを描いた
「岸辺のアルバム」というドラマがあった。
家屋が倒壊して流出するシーンは、実際の映像をドラマ内に組み込んで
放送したので、なんとも胸に突き刺さるものがあった。

今回の台風一過の翌日に見た映像は、まさにそれだった。

台風が関東地方をおそっている時、バンド内のグループラインで
随時お互いに現状報告をしていたのだが、
神奈川在住のキカチュウのほうが被害がひどく、20時過ぎに停電になってしまい、
翌朝も復旧せず。最寄りの交通機関も動くのは午後から、ということで
C.O.D.は、トリフェスの開催か否かの発表を待たずに、ライブをキャンセルすることに決定。

私もそうだが、停電のさなか、家族をおいて一人ライブをしに何時間かかるかわからない
千葉に向かうなんて、精神的に無理だ。


そして、「台風でもC.O.D.がライブをやるなら観に行くよ!」と言ってもらっていた
たくさんの友人に、ライブをキャンセルする旨を報告。

停電も断水もなく千葉に乗り入れる電車も動き出していたので、トリフェスの開催が決定した。

そして、理由はどうあれ、結果的にはライブハウスに迷惑をかけてしまったので
せめてもの償いだと思い、ライブを観に行くことにした。

出るはずだったトリフェス。

ライブハウス入口の「本日の出演バンド」のボードには
C.O.D.の名前がない。
並んでいた知らないお客さんが「あれ?AC/DCのカヴァーバンドっていたよね?」
「ほんとだ、いないね」と話をしているのが聞こえて、寂しくなってしまった。

店長さんにも直接会ってお詫びした。

対バンさんたちにも謝った。

みんなに「C.O.D.観たかった」「聴きたかった」「楽しみにしてたのに」と言われて
お世辞でも本当にうれしかった。

これまでバンド活動やっていて、ライブを当日にキャンセルするのは初めての経験。
結成当初こそは、しゃかりきになって練習していたので、
リハも全員が集まって当たり前の感覚だったけど、
だんだんと中堅サラリーマンになり、いろんな事情で1〜2か月前から決まってるリハすら
全員が集まれる日が少なくなり、ライブをできることが「奇跡」だと感じるようになっていた。
だから、こういうこともいずれはあるのだろうとは心の中では覚悟していたけど
実際に現場に行くと、本当に寂しい気持でいっぱいになる。
純粋に「ライブやりたい!!」って思う。


そんな寂しさを胸に抱えながらも、トリフェスを楽しんで
そしてライブ後に仲間と夕飯を食べ、楽しい時間をすごすことができた。

人間はぜいたくにできているもので、みんなが無事であることが一番なのに
一つのことが叶ったそばから、次の欲求が芽生える。
これが自分の努力で叶うものならば頑張ればいいけど
自然災害相手なので、こればかりは致し方ない。
みんなが元気であることに感謝。


幻に終わった2019.10.13 C.O.D.のライブフライヤー