2011.3
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| 2011.3.23 (水) 原発事故の件も、毎日新たなトラブルが続き 食物汚染も水道汚染も問題になってきてます。 原子炉自体も、まだまだ予断を許さない状態で ニュースから目が離せません。 そして、、、 ネットを見てると、 誰かを非難したり、 いがみあったり、 すごく気がめいります。 こんな非常事態だから 日本国中手探りだし、何が正しいかなんて わからない。 「こうあるべき」って、現場を知らない人が あまり責めるのはどうかと思うんだよね。 さて、ここから下は生活レベルの話ね。 だんだん精神的にも体力的にもしんどくなってきたのが 計画停電。 みんなが一緒なら頑張れる、、、 と思っていた。 でも、いざ始まってふたをあけてみたら 「え?ウチは一度もなってない」って言う人が とっても多いことに気づいた。 思ったより、小さな区域で何度も何度も 停電をしてることがわかった。 「電流ルートの関係だから仕方ない」って思う。 被災地の人々の過酷な生活を思えばこのくらい、って思う。 その気持ちはまず別にして・・・ これ、GW明けまで続くそうで、 夏はさらにたくさんの停電をせざるを得ないってことで。 やはり、これだけ電気ありきの現代の生活での停電は 実際に大変なわけです。 毎日毎日、停電があるのかないのか直前にしかわからず 朝起きる時間、ご飯を食べる時間、 お風呂に入る時間、寝る時間が 毎日ぐっちゃぐちゃで、予定が立たない。 イラストの仕事も集中してできない。 スーパーも、停電以外の時間しか営業してないから 停電が終わると一気にみんなおしよせ ものすごく混雑する。 人間は順応性のある生き物だから そのうち慣れるだろうと思っていた。 思っていたけど、慣れるにはある程度のリズムとか 生活パターンがあってこそで、 こんなむちゃくちゃなリズムに身体が慣れるわけない。 精神的に大きく負担になっていて 「こんなことで不平不満を言ったらばちがあたる」と思うから ぐっとこらえて黙っていると、 だんだん気持ちがゆがんでくる。 こういうことを言うと、 「そのくらいでぐちぐち言うな」 「被災者のことを考えろ」 「自分たちの電気を自分たちで分け合うのは当たり前だ」 ・・・って言うのは、計画停電をやってない人がほとんど。 「東京都は物価も高いし、 高い税金も払ってるんだ。 今まで楽してきた近県のやつら、そのくらい我慢しろ」 っていうひどい書き込みを見てガッカリしたよ。。。 いがみあっても仕方ないんだよね。 停電区域外の人でも、自主停電レベルの節電を してる人もいるし、 停電してる人も「不公平感は否めないし、 毎日大変だけど、一緒に頑張りましょう」って いう人もいるし。 なんか上手い具合に振り分けて 一世帯あたりの負担をもっとみんなでわけあって 軽くならないかな。。。 こんな感じで、なんだかいつも焦ってるから 色々と失敗をやらかしてます(笑)。 今日は、次女の高校入学の誓約書に、間違えて 長女の名前をボールペンでどーんと書いてしまった・・・(笑) 毎日が「異常」だと思うから 頭や身体が慣れないんだよね。 じゃあ、どうすればいいのか? これを「普通」だと、頭や身体に思わせれば 人々のストレスもかなり減るのではないかと思うのね。 電車ひとつにしても、 「通常の50%」とか「通常の80%」って聞くと 「ああ、少ないんだ」って思うけど、 この際、電力が落ち着くまで 「震災特別ダイヤ」を組んでしまったらどうだろう? そうすれば「少ない」なんて思わなくなるのではないのかな。(笑) さて、地震の前に仕上がっていた音源。 計画停電の合間をぬって、やっと動画を作ってアップしました。 この撮影をした日は、地震が起こる数日前で すごく寒い日で雪が降ったんだよね。 この頃は、4月以降はバンドを思いっきりやろう、 ネットセッションも、あれもこれもやろう、 入学式まで春休みが長いな、とか そんなこと考えてたんだよな。。。 |
| 2011.3.14 (月) 金曜日は午前中が次女の中学の卒業式。 2年生の男子の心こもった涙ながらの送辞が素晴らしく、 本当に感動的な卒業式でした。(;_;) あんな素敵な送辞を聞いたのは生まれて初めて。 文章を読んでるのではなく、 自らの言葉で、心から語ってるのが伝わってきて 卒業生も、保護者も、涙を流してました。 長女の時代からすると、通算6年お世話になった この中学ともとうとうお別れ。 やっぱり一番思い出されるのは 次女が中2の時の役員生活かな。 今まで幾度となくさまざまな役員をやってきたけど こんなに楽しい役員生活は初めてでした。 学年代表をやったのですが、10人のチームワークが最高で 全員責任感が強く、そして人を思う優しい気持ちの持ち主で 「それ、私がやろうか?」って 気さくに言ってくれる仲間たち。。。 本当にありがたかったし、嬉しかった。 改めて、みんなどうもありがとう! 学校に保護者用の名札も返却し、 卒業式から帰ってきて、 すぐさま高校の引き落とし口座の確認をしに 銀行へむかいました。 そしてスーパーで買い物して、 「さて帰ろうかな」と、スーパー屋上の駐車場の車に乗り込んで エンジンをかけて、サイドブレーキをおろそうとした瞬間に まさかの大地震。。。 車がゆっさゆっさ、跳ね上がる勢いの揺れ・・・ まるで先週行って乗ったばかりの ディズニーシーのアトラクション「インディ・ジョーンズ」と 全く同じ状態。 家にいる長女に連絡が全く取れずに、 揺れが少しましになったところで慌てて帰宅。 1人で家にいた長女は私の顔を見て安心して号泣でした。 私の部屋はぐちゃぐちゃ。(モノが多いからね) でも、自分でもすっかり忘れてたんだけど あちこちちゃんと耐震対策してあったんだわ(笑)。 棚が倒れないように壁に固定してあったり、 PCのモニタも倒れないようにしてあったり CDは飛び出さないように、飛び出し防止シート敷いてあったり。 千葉県は震度4程度の地震は しょっちゅうあるから、家具を設置する時に自分の中で いつも「もし地震がきたら」っていう頭が無意識に働いてるんだろうね。 それとやっぱり阪神大震災の時から 地震に対しての意識がすごく高まってるんだと思う。 卒業式の後、友達と遊びにでかけた次女と やっと連絡が取れ、夕方無事に帰宅。 殿様とも取れた。 その後はもう揺れっぱなしで、 夜もほとんど眠れなかった。 東北地方の津波の被害をテレビで見て 阪神大震災の時に、あの凄惨な現場をテレビで見た時のことを 思い出した。 そのあとの原発事故、計画停電、首都圏の電車が運休、 お店から品物が消える、、、ガソリンもない。 とにかく、非日常、異常な日々を1日ずつ過ごしてる感じ。 一瞬にして津波に何もかもを奪われた被災者のことを思うと 家族が元気で、そして家やライフラインがある今の自分が ものすごく幸せに思える。 思えば、3年前の中学と高校の入学式の日は 台風のようなすごい日だったんだよね。 まさか中学卒業の日が、こんな歴史的日本大災害の日に なるとは夢にも思わなかったよ。 私が中学2年の時、当時の理科の先生に 「関東は、関東大震災から相当な年数が経ってる。 地震国日本だから、関東地方に大地震がくるのは 時間の問題」って言われて、すっごく怖かったんだよね。 揺れるたびに「いよいよか!!」っていつも思ってたけど 本当に来てしまった。 異常な日を過ごしてる今、 前回書いた、ディズニーシーの日記が 遠い昔のように思えるよ。 |
| 2011.3.10 (木) 「受験が終わったら」「受験が終わったら」と やることが満載の我が家。(笑) 気づいたら3月に入って、お雛様を出してないことに気づく(笑)。 そして慌てて出したのが3月1日。 ああ、ごめんよ、お雛様、 今年はあまり新鮮な空気がすえなくて(笑)。 そして4日(金)は、長女の卒業式でした。 なんだかね〜、入学式のこと思い出して 始まる前からうるうる状態。 長女は本当に楽しい高校生活を過ごしたようで 「卒業したくない・・・」ってずっと言ってました。 次女は絵や作文でいろんな賞を受賞して 賞状をもらってくるのですが 長女はそういう賞状が一枚もなく「私も賞状が欲しい」と 言っていたのね。 で、高校入学説明会の時に「3年間、二十数回ある 漢字テストの平均点が95点以上の人には 賞状と賞品をあげてますので、 皆さん頑張ってください」と、先生の話を聞いて 「漢字テストで賞状を取る!」と、長女は決意。 時間のない時も、夜中まで勉強して 見事自力で賞状を勝ち取ってきました。 ![]() よくやった!(笑) そして、6日(日)はお約束のディズニーシー。 次女はずうっとシェリー・メイを欲しがっていて ようやくゲットです。 ↓私が抱っこしてるのがシェリー・メイのぬいぐるみ。 ↓「ママー、抱っこしてみて〜」と言われたので抱っこしたら ![]() 「世界一ぬいぐるみが似合わない」と 大絶賛の嵐。(笑) しっかし、、、 ディズニーには何度も行ってるけど 年とともに、だんだん一日中歩くのが苦痛になってきた(笑)。 まだ寒いからいいけど、これ、夏はしむぞ、きっと( ̄Д ̄; んでもって、明日は次女の卒業式。 日曜日は私の親戚一同のお集まり会で 来週は、高校の入学説明会と 3週間ぶりのドラム教室だー。 |
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