*今月の新しい日記は下に追加されていきます
2019.7.26(金)
かなり久しぶりな日記になりました。
その昔、HPが主流だった頃
ここでの交流がすべてであり、HPを運営している手前
アクセス数を伸ばしたくて、友人・知人、そして母親や妹に
宣伝しまくり、日記には「誰が読んでも大丈夫」な
ネタ的なものしか書いてませんでした。
HP同士の交流は、訪問してお互いのBBSに書き込みしたりして
「相互リンクお願いします」と、お互いのリンクページに
バナーと紹介文を記入してサイトをリンクしてもらうのが常でした。
ほんの一時期でしたが、「同盟リンク」というものもあったなぁ。
アクセスカウンターを借りて、キリ番(キリのいい数字)や、
ぞろ目に当たった訪問者には、キリ番プレートなるものをプレゼントしたり。
懐かしいなぁ。。。(笑)
そのうち、面倒なHPをわざわざ作らなくても、日記を描いて写真をアップして
BBS代わりにコメントで交流できる「ブログ」なるものが登場。
ブログ利用者は、ブログ内で交流するようになって
面倒臭いHP運営はなんとなく下火に。
それでも私は、自分の好きなようにページをレイアウトしたり
イラストをアップしたりしたかったので、
テンプレートの決まっているブログは一度も利用しませんでした。
そして、ほどなくして登場したのがSNSのmixiでした。
最初はブログっぽくて、なんだかなぁと思っていたけど
「好きにアップできるHPは持ってるし、HPでは言えないことをmixiの日記で
書いちゃおう」と、隠れ家的な使い方をしてました。
が、しかし、mixiはあっという間に周囲に広がって
「マイミクお願いします」という言葉が飛び交うようになり
どんどんマイミクが増えていきました。
そのあとにtwitterが登場したけど、
私はいつも文章が長文になってしまうから
140文字以内表現のドライなtwitterはいまだに活用しきれてないです(笑)。
mixiはどんどん発展して、コミュニティやゲームや動画のアップロード、
あしあと機能、好調なtwitterを意識してのつぶやき機能(笑)、
とまあ、とにかく使い切れないほどの、たくさんの機能が増え
しばらくmixi全盛時代が続く。
しかし、twitterがすごい勢いで普及し、
このあと、だんだんmixiが衰退の一途をたどるのです。
ここまでは、ニックネームやハンドルネームで利用する交流ツールばかりで
「ネットで出会う人は嘘ばかり」「信じちゃダメ」的な感覚だったそれまでの日本では
アメリカで生まれた、顔も本名も家族もさらすFacebookにびっくり仰天。
そうこうしているうちにFacebook Japanが設立され、
日本でも一気に広まりました。
そのほか、写真とtwitterが合体したインスタグラム、
そのほかもたーーっくさん、SNSが登場。
しかも、勝手に関連付けしてくれちゃうから、
ニックネーム使ってても「あ、twitterのこの人はFacebookのあの人か!」と
バレてしまう(笑)。
こうなってくると、書きたいことが書けなくなってくるジレンマに陥るのだ。
もちろん公開範囲や、読まれたくない人には見せない機能があるけど
そういうことを考えて日記を書くのがだんだん面倒になってくるわけで。
ということで、
ひっっっっっさしぶりにこの日記を書いてみたわけです。
(前説長っ笑)
さて、今日書きたかったのは
「うそをつくのが日常当たり前の人」について。
単なる「うそつき」とは違うタイプです。
「うそつき」は、ある時とっさにうそをついた、というイメージですが、
そうではなくて、「うそをつくのが日常当たり前の人」
(長いので、以下「うそあた」と表記します)の特徴は
常に「少しの真実にうそを膨大にまとわせる」人です。
私は半世紀以上生きてきて、たくさんのいろんな人と出会いましたが、
これまで2人のうそあたに遭遇しました。
最初に出会った人とは、1年くらい親しく付き合っていたわけだけど、
なにしろ初めて出会ったタイプだったから、まさか世の中にこんな人がいるなんて
自分の中のにこの手のタイプのカテゴリが全くなく、
かなり痛い目に遭いました。
1年半くらい引きこもり気味で、かなり鬱っぽかったです。
その後何年かして2人目のうそあたと出会った時、
まあ最初は全くわからなかったのですが
付き合いが長くなっていくにつれだんだん「うそあた」の要素が見えてきて
確信してからは「これもうそだろうな」「それもうそだろうな」と
見抜けるようになりました。
=========「うそあた」の特徴===========
話にほんの数パーセントの真実を混ぜていることから、
うそをついている意識はない、よって罪悪感もない。
話のつじつまを合わせるために、やたらと説明が細かい。
いらぬ説明が多い。
矛盾点を追求されると、さらにカッカして説明しまくる。
====================================
でね、
うそあたにとってのうそってのは、保身のためにつくわけで、
平気で人を陥れることができるわけです。
私のことを私のいない場所であれこれと悪く言っていた内容を聞いてみると
ほんの数%の真実に90%以上のうそをまとわせた話で、
聞いた瞬間、
・・・ハァ?( °᷄д°᷅)
と、口あんぐりになって、
怒りを通り越して呆れてしまいました。
ただ、この年齢になると、「うそあた」を見抜ける人が他にもいるわけで
「勝手にやっとれ」と思えるようになるわけです(笑)。
たとえ、うそあたが私のことを悪く言おうが、
私がどんな人間か、ちゃんと見てくれている人なら
わかってくれるだろうし、
うそあたの言葉を鵜呑みにしてるようなわかってくれない人は、
それで結構。わかってくれとも思わない。
で、
ここまで長らく書いてきたけど、
いったい何が言いたいかというと、
行動や姿勢、普段の立ち居振る舞いで
その人がどんな人かがわかる、
ということ。
当たり前っちゃー当たり前のことなんだけどね(笑)。
私はうっかり言葉でだまされちゃったりするのよ(笑)。
口で「自分は真面目」「私は優しい」「自分は人から信頼されている」
などと、いいことを言っていても
その人が普段どう行動しているか、
その人の周りにどんな人がいるか、
これをちゃんと観察すればその人がどういう人なのかわかるのだ。
大体、自分を褒める人っていうのは、
「そう見て欲しい」という願望がそうさせるのであって
「口がかたいからなんでも言って」という人に限って
「ここだけの話なんだけどね〜」と話がダダモレだったりする。
(これで痛い目に遭った)
自分の中に、タイプ別カテゴリができてくると
「ああ、この人はああいうタイプだな」とか
だんだん種類別にわけられるようになって、
付き合い方や対処法も自分の経験からわかるようになってくる。
これが年の功につながっていくんだろうな。
↓長女と原宿